スウェーデン、ストックホルムの精神障害者センター

      2018/04/23

精神障害者の昼間の安息の場は元の精神病院の建物にある

北欧の視察はいつでもどこでもたくさんの刺激を与えられ、毎回自分の想像力のなさに気づかされます。今回、スウェーデンのストックホルムで訪問した、精神障害者センターで私が得た刺激を書いてみます。

まず、視察の準備からはじめます。全国障害者問題研究会の事務局長さんから求められていたのは、精神障害者の作業所とグループ住宅の視察でした。作業所は、私は2001年に、ストックホルムの北西部のメーラレン湖畔にあった広大な施設を視察したことがあります。そこでは、表紙に革を使った中世伝統の製本業、花の栽培、犬のデイサービス(犬と飼い主だけの家族は、昼間飼い主が働いている間、犬の世話をする施設に預ける)、貸し会議場を経営しており、事務局長さんの希望にぴったりのところと思いました。しかし、ここを電話帳で探しても、いまは掲載されていません。ストックホルム市のホームページでも探しましたが、見つかりません。皆様にぜひお見せしたいと思っていたところなのに、何かの理由で閉鎖されたのでしょう。ご希望に沿うことはできませんでした。

でも、作業所にはこだわり、作業の場も持っているという精神障害者センター「バルデル」を見つけました。事務局長さんが仕方ない、と言ってくれ、「バルデル」が私たちの訪問を受入れてくれることになったので、その住所をストックホルムの地図でたどりました。ノールタル病院にあることがわかりました。地図に確かに病院Sjukhusと書いてあります。「えっ、スウェーデンに精神病院が残っているの?」と驚きましたが、精神病院とは書いてないと気づきました。いまはどんな病院かわかりませんが、精神障害者センターがあるということは、たぶん元精神病院だったのでしょう。

精神障害者の施設を訪問する楽しみの一つは、古い病院の建築を味わえることです。たいていは、昔の精神病院の建物を、いまも精神障害者などの施設として利用しているのです。精神保健の発祥地であるイタリアのトリエステのサンジョバンニ精神病院は、病院組織解体後でも急性期の診療所や当事者協同組合の作業所として利用されていますし、デンマークのミゼルファートにある精神病院は精神病博物館や介護士養成学校、精神障害者の作業所、フリースクールなどに利用されています。

デンマークのミゼルファートに残る精神病院跡。入院患者は庭で農作業をして自給自足生活していた

 

ストックホルムにもベッコムベーリエという広大な敷地をもつ精神病院がありましたが、いまは急性期患者専門の診療所と学校、地域のスポーツクラブの体育センターになっています。多くの精神病院は赤レンガ造りで、大きな玄関があり、重いドアを開けると、高い天井の空間があり、すぐに階段があって、中2階にある受付コーナーへと導かれます。ヨーロッパのふつうの病院は、いまは機能を重視した新しい建築になっていますが、精神病院だけは昔のまま使用されてきたようです。どこもすごく重々しい建物で、ひと目見て精神病院だったのだとわかるほどです。というわけで、私はこの病院の建物にも期待していました。

ノールタル病院は、中央駅から2kmほど北へ上がった150年ほど前に建てられた住宅街にあります。中流で年配の人たちが多く住んでいますが、都心に近いので、いまは若い人にも人気があります。人通りが多い道路に面していたので、住宅地から離れて建てられる精神病院の例からは外れていると思いました。それでも少し前庭があり、それが病院と社会生活の間の緩衝帯のように見えました。建物は予想通り、赤レンガ造りの大きなものでした。でも、ドアのガラス部分やその上の丸い天窓、建物の周囲にあるランプがアールヌーボー調でかわいらしく、精神病院の重々しさは欠けていました。いまは病院ではないようです。

ミゼルファート精神病博物館に展示されている電気けいれん療法機器

 

まず、施設長から「バルデル」という名前の説明がありました。北欧神話の神様の名前で、中立の神として知られているといいます。北欧では名前って大事です。わざわざ名前の説明をしたのは、そこに何か哲学があるはずです。視察が終わるまでに、その意味を見つけねばなりません。

私たちは、玄関横の大きな部屋で話を聞いていました。40人くらいは座れる広さがあり、座ったのは、私たちだけではありませんでした。横のテーブルに数人が椅子に座っていました。ピチッとスーツを着て、ネクタイをしている人もいました。最初はスタッフかな、と思いました。でもスウェーデンで昼間にネクタイをしている人はほとんどいません。こういうこだわりを持つ人は利用者だろうと推測しました。じっと施設長の話を聞いています。施設長はどう思っているのか、話しにくくないかな、利用者にそれは違うとか、嘘だ、なんて言われたくないだろう、と同情しました。でも、それは私の無知からの想像でした。

施設長は、機会を捉えて、彼らからも意見をもらったのです。これには2つの意味があると気がつきました。一つは、当事者の参加、一つは民主主義。障害者の施設の説明に当事者が参加することは、運営する側からだけの見方を当事者がチェックする役割があるはずです。ふだんからこういう試みを続けていれば、障害者のための法律を作るときにも、当事者が参加しやすいし、当事者を参加させないといけない、という流れができるような気がしました。そして、スウェーデンの国づくりの基礎になっている民主主義がここにもある、と感じました。

「バルデル」は1985年に出来たそうです。私が知っている精神保健でもっとも大事な年号は、イタリアでバザーリア医師がサンジョバンニ病院を解体した1973年。病院解体の運動が、イタリアからスウェーデンに届くまで12年もかかったのだ、と知りました。日本まで届くにはまだまだかかるでしょう。日本でもようやく解体が始まったけれども、受入れ施設がないままに、病院が抜け道を作るなどして、今日まで中途半端のまま。まだ10万人が入院状態だそうです。

「バルデル」は、月曜13時~20時、火曜~金曜8時~16時営業の、働けない精神障害者のための昼間の居場所だそうです。コーヒー・紅茶はいつもあり、いつ来ても、無料で飲んでいい。スウェーデンではコーヒーも大事です。朝食に飲み、10時にコーヒータイム、昼食後に飲み、2時にコーヒータイム、帰宅後に1杯飲み、夕食後に飲む。スウェーデン人は、一人当たりのコーヒーの消費量が世界で最も多い国民です。精神障害の人たちだって、この習慣は体にしみこんでいるはずです。いつ来ても温かいコーヒーがあるところは、ひと息つける場所になります。職員がいて、何か話せる。「バルデル」は無理強いはしないが、温かいコーヒーを用意して、「ここに来て、何か話して」といっているように思えました。

落ち着ける居間

 

1日に1回はみんなで会食するそうです。これもスウェーデンの精神障害者にとっては大事なことです。精神病は青春時代に発生することが多いと聞いています。私だって青春時代はお金がなく、誰も振り向いてくれない日々でした。寂しく、つらい数年でした。スウェーデン人は、18歳で親から自立します。自立後に精神障害者になっても、親の家には戻らず、自分のアパートに住んでいます。伴侶がいなければ、一人での生活です。仕事ができず、外へ出る用事がなければ一日中1人で暮らします。自我が強い健常者はそれに耐えていけます。精神障害者には耐える心より、仲間や優しさが必要に思えます。1日に1回の会食の場は、職員や仲間との会話を通して優しさを得る役割を果たしているのでしょう。

「バルデル」には洗濯室、トイレ・シャワー室、服の修理ができるミシンがあり、ホームレスも受入れると聞き、納得しました。市の中心近くの住宅地にある精神障害者施設をホームレスのためにも活用するのは当然の流れです。

ホームレスについては、日本の人たちは誤解しています。北欧にはホームレスはいないと思い込んでいる人が多いのです。「スウェーデンは福祉国家だとか、福祉先進国っていうけど、たいしたことないよ。ホームレスがいるじゃないか」。そう批判する人は少なくありません。まるで、ホームレスが福祉成熟度のリトマス試験紙のように思っているのです。

ホームレスって、単に、貧しくて、仕事がないから、なると考えている日本人が多いのではないでしょう。しかし、まともに考えたら、ものすごい勇気を出さないと、ホームレスになれない。猫や鳩と同じように、野生で生きるのです。究極の厳しい生き方です。貧しくて暮らせないなら、スウェーデンでは役所に行けば、住民票とか納税証明書とか、こうるさいことはいわずにすぐに支援してくれます。それでもホームレスになるのは、精神がふつうではなくなっていて、判断力が低下しているからです。ホームレスには精神障害者やアルコール中毒者が多いという説明はうなづけます。だから、ここはホームレスを受入れている。その方法として、洗濯室とシャワーとトイレとミシンを無料で提供している。都会でホームレスを狩り集めて、施設に連れていくというような東京都的なやり方はせず、洗濯室とシャワーでここにきてもらっていて、いつか抜け出す気持ちを誘っています。

日本人は、ホームレスに精神障害者やアルコール中毒者が多い、とは考えていないようです。健常者が働く意欲が乏しく、貧しい故にホームレスになると思っているようです。だから、時間をかけて心を解きほぐしていくことより、権力で排除しているのです。私は東京都と神奈川県の県境を流れる多摩川の岸辺の、狛江市に住んでいます。都庁がある新宿から青島・石原ブルドーザーによって東京都の西のはずれまで追い立てられたホームレスたちは、多摩川の岸辺を生活の場に選びました。川の水で炊事し、洗濯し、沐浴し、トイレもできるからでしょう。スウェーデンでは、行政がそういう場を作り、東京都ではホームレスたちが自分で見つけています。この違いは、外から見ただけではわからない。街の景色を見るだけで、福祉制度の成熟具合がわかるはずがない。

ホームレスは7年くらいたつと、自分で役所にホームレス申請をしたくなるそうです。その7年という数字はなんなのだろう。はっきりと7年と言うことがすごい。支援経験から生まれた自信がみなぎっている数字だと思いました。私はたぶん、しばらくは7年という数字の意味を考え続けると思います。

「バルデル」はブルドーザーではないので、無理強いはしません。中立であり、そっと静かに見守っています。利用者の数は数えていないといいます。立ち寄ったときに名前を書くようにもしていないのでしょう。初めてきた人にも、何をしろとはいわず、利用していればわかるという姿勢で接するのだそうです。ゆっくり、静かに、見守ることで、信頼感を得る。時間とお金がかかることです。

ノールタル精神病院が解体されたときに、この施設を作ったといいます。病院からの受入施設として、住居や労働の場だけでなく、働けない人たちの昼間の居場所が必要だとわかっていたのです。「バルデル」は「あなたたちは障害があるのだから、働かなくていいのですよ、ここでゆっくりしていてください」という考えで作られました。私は、「あなたたちは障害があるのだから、働かなくていいのです」という考えに賛成です。スウェーデンでは、障害者年金を受けることで、働かなくても生きていけます。居場所を作るだけでなく、生活保障をしなければ、「バルデル」の存在意味はありません。ここが日本とは決定的に違います。

精神障害がある人もない人も共に住む支援付集合住宅.

 

ノールタル精神病院が終了するとき、県と市の職員2人が精神障害者に理解があり、「バルデル」の設立に動いたそうです。たった2人の職員が主張することで、「バルデル」を設立させたこともすごいと思いますが、ずっと予算がついていて、30年も生きていることも評価したいです。そして、その2人のことを、30年以上もあとに訪問した私たちに話す。施設長は、名前はいわなかったけれども、その人たちの「バルデル」哲学がいまも生きていることは伝えたかったと思います。そういうささやかだけど、確かな行動、言葉がこの国の福祉政策を支えているのでしょう。

内部を見学しました。ここは160年前に孤児院として建てられたそうです。そのあとは子ども病院になり、精神病院に変わりました。子ども病院の頃にアールヌーボーの装飾が施されたのでしょう。精神病院らしくない理由がわかりました。

十代のお嬢さんたちが庭で遊んでいました。あの子たちは誰? と驚きました。いま、ここには音楽学校が同居しているそうです。これもスウェーデンのすごさです。精神障害者やアルコール中毒者、ホームレスが出入りする施設と、子どもたちの学校が同居している。私はこれまでにこうした溶け込みは何度も見ているはずなのに、無意識に日本人感覚が出て、大丈夫なのかな、と思ってしまいます。この朝訪問した精神障害者のグループ住宅の向かいには、保育園がありました。たぶん意識して配置していると思います。しかし、外側から見ただけではわかりません。こういう溶け込み合いができている国は、世界ではスウェーデンしかないでしょう。

日本で統合教育に関してよくいわれるインテグレーションは、そこだけ取り上げるのではなく、街全体、国全体で作る溶け込み合いでなくてはいけない、という例を見せてもらった思いです。「バルデル」という施設を見に来ただけで、その周囲やら、スウェーデンの考えやら、インテグレーションの意味などを考えさせられました。スウェーデンの福祉視察は実に刺激的だと改めて感じました。

春から秋は庭でお茶できる

 

 

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